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Jun Sugawara : Notes about "Air de Leonore"

「レオノーレのアリア」についての解説

菅原 潤

(この原稿はホマドリーム出版した楽譜「レオノーレのアリア」の前書きとして書かれた。ここに図版を加えて掲載する)。

 古典期を代表するギタリスト作曲家フェルナンド・ソル(1778-1839)のギター作品は今日広く演奏されている。しかし、マウロ・ジュリアーニ、フェルディナンド・カルッリといった同時代のギタリスト作曲家の作品表とソルのそれを比較すると、ソルがギターを含む室内楽曲をまったくといってよいほど書いていないことに気がつく。交響曲、弦楽四重奏、教会音楽、オペラ、バレエ、声楽作品と、ギター以外のジャンルに多くの作品を残しているソルにしては意外なことである。

 文字の記録としては、1817年ロンドンのフィルハーモニック・ソサエティが主催した演奏会で演奏された〈ギター、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのためのコンチェルタンテ〉、出版者メイソニエとの決裂後にソル自身が出版した楽譜に印刷された出版予告にみられる〈弦楽四重奏または弦楽五重奏伴奏によるモーツアルトの主題による変奏曲Op.39〉があるのみ。また、編曲作品であるが、〈ヴァイオリンとギターのためのラ・ロマネスカ〉の手書き楽譜(ソル自身ではなく他人による)が現存している。

 しかし、今回ここに、正真正銘のソルが作曲した室内楽曲を出版できることはうれしい。世界初出版である。この曲は自筆譜で現存するソルのバレエ曲の中から発見された。

ソルのバレエ「アルフォンスとレオノール」自筆譜表紙
バレエ「アルフォンスとレオノール」自筆楽譜の表紙

 ソルは、モリエール(1622-1673)の演劇「シシリー人」(1667年)を題材に、バレエ曲を3回作曲していることが知られている。1823年ロンドンで初演された〈アルフォンスとレオノーレまたは恋人は絵描き〉(1幕版、楽譜は現存せず)、1824年モスクワで初演された〈アルフォンスとレオノーレまたは恋人は絵描き〉(3幕版、楽譜現存)、そして1827年パリ、1828年ロンドンで初演された〈シシリー人または恋人は絵描き〉(シュナイツホーファーとの共作、楽譜現存)。今回の出版の典拠となったのは2番目のモスクワで初演された1824年版である。このバレエは全24曲からなるが、ギターパートを含むのは第13曲と第14曲である。

 第13曲は第2幕の4曲目にあたり、いずれもヘ長調で書かれたAndantino、Cantabile、Allegretto、Tempo doppioの4つの部分から構成されている。Andantinoの最後の12小節前からギターパートが始まり、最後の4小節はギターソロとなり、半終止する。続くCantabileはクラリネット(in C)とギターの二重奏で始まり、オーケストラの総奏に移り、ギターは休みとなる。今回の楽譜はこのクラリネットとギターの二重奏部分を単独の曲として出版したものである。

ギターパートの出現
ギターパートの出現(4段目)とCantabileの冒頭

 第14曲目はギターとオーケストラ用の曲となっているが、ソルのオリジナル作品ではない。ソルの有名なギター曲〈魔笛の主題による変奏曲Op.9〉で主題として用いられているモーツァルトのオペラ〈魔笛〉から1曲〈いとも天国的に響く〉の編曲である。Op.9とかなり似通った音構成となっているが、旋律線はかなり変えられている。当初、ソルのオリジナルの可能性も考えたが、続く第15曲がクラリネットとオーケストラによるパイジェロの〈うつろな心〉であることを考慮して、編曲と判断した。

 さて、〈Cantabile〉と題されたクラリネットとギターの二重奏に戻ろう。今回の出版にあたり、タイトルを〈レオノーレのアリア〉と命名したが、まったく根拠がないわけではない。バレエ〈アルフォンスとレオノーレ〉の自筆スコアには、ソル自身が場面番号を書き込んでいる。しかし、残念なことに、それは第1幕だけで、第2幕、3幕では書き入れていない。とはいえ自筆スコアにはソル自身が書いた場面ごとの台本がついており、第2幕第6場に次のように書いてある。

“[アルフォンス]伯爵は庶民の衣装をまとい、画架、枠つきのカンバス、パレット,絵筆を持って庭に入る。パヴィヨンのサロンに近づくとレオノーレがギターを弾いているのが聞こえ、アリアの歌詞は彼女が後見人の言いつけに従わなければならない、その立場と義務について歌ったものである。伯爵は彼女を見ようとぐるりと一周する。レオノーレが彼に気づくと伯爵はアントルシャをして見せ、自分が誰か思い出させる。彼女は驚き喜ぶ。”(山田敬子さんによる翻訳)

 まさに〈Cantabile〉はこの場面でレオノーレがギター伴奏で歌うアリアに合致する。若き乙女レオノールはアルフォンス伯爵に恋をする。レオノーレは裕福ではあるが、孤児であり、未成年であるために後見人ドン・ペドロに従わなければならない。しかも、ドン・ペドロはレオノーレの財産を失いたくないためにレオノーレとの結婚を企てている。〈Cantabile〉の中間部でソルが書いた、深い悲しみ、諦め、ため息を思わせる旋律はまさにレオノーレの心情を表現していると考えられる。

 今回の出版にあたり、声部の書き分けは極力原曲に忠実にした。スコアでは、原曲通りC管クラリネット(今日ではまったく用いられないが)とギターの編成、そしてソルが代替えとして用意しているハープ伴奏の2種類を作成した。またソルはこのバレエの中で半音高く調律したギターを使用しているので、ギターパートはホ長調で記譜されている。自筆譜にはカポタストの指定もない。ソルのギター作品には6弦をFに調律する作品が少なからずあることを考慮すると、ソル自身は6弦すべて半音高く調律して対処したと想像できる。しかし、編集者(わたし)は現在の実用性を考慮し、カポタストの使用を書き込んだ。

 パート譜も実用性を考慮し3種類添付した。つまり原曲通りのC管クラリネットのパート譜(フルート、オーボエ、ヴァイオリンなどはのこのパート譜を使用することにより原調での演奏が可能である)、そして今日多数をしめるB管クラリネット用パート譜、そしてギターがカポタストをつけずに演奏できるようにホ長調に移調したパート譜である。

 リピート記号は編集者が加えたもので原曲にはない。

 さて、準備はすべて終えたと思う。あとはこのあまりに短くも美しい小品が世界中で演奏されることを期待するだけである

  2005年3月 東京

このバレエの序曲の音源を公開。楽譜ソフトから音源化しました。不自然なところは想像力で補ってください。[聴く](2005.3.27) 序曲以降はソル倶楽部でどうぞ。

 



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